5月 待ち続ける姿勢

待ち続ける姿勢

 今回は、エステレージャ教室に通い始めて3年ほどになる、現在中学1年生のQ君についてお話ししたいと思います。彼は小学校5年生の時にフィリピンから来日し、縁あってエステレージャ教室に通うようになりました。日本語がほとんど話せず英語が得意な彼が教室に来始めた当初は、スタッフや他の子どもたちとのコミュニケーションがうまく取れず、戸惑うこともあったのですが、今ではすっかり教室に慣れて、英語の堪能なスタッフや英語を話す他の子どもたちと会話を楽しんだり遊んだりできるようになり、少しずつ日本語の学習にも取り組む姿が見られるようになりました。
 一方で私たちは、この4月に彼が中学校に進学したことで、彼の学校生活がとても大変になるのではないかと危惧していました。それは、Q君の学習言語の学習がまだまだ困難な段階にあるにもかかわらず、学習内容が質量ともに大きく変化し難しくなるためです。また、教科担任制や部活動、定期テストなど、これまでの小学校にはなかった事柄やそれらが意味することを理解できているかどうかについても心配していました。そのような心配もあるためQ君には日本語の学習を促すのですが、なかなか思うようには進みません。
 かつてQ君が教室に通い始めた頃、「日本で生活することに納得していなかったため、日本語の勉強を全くしようとすることはなかった」という意味のことを語っていました。もしかしたら今でも日本で生活することが不本意であるのかもしれません。また、将来日本でどのような生活を送るつもりなのか、どのような仕事に就きたいのか、具体的なイメージを描けていないようにも思えます。このような日本の生活における意味づけの曖昧さが、彼の日本語の定着の弱さに関係しているのではないかと、私たちは考えています。
 Q君のように、将来日本で生活することに対する明確な意味づけやイメージを見出せない子どもたちは決して少なくありません。むしろ外国にルーツを持つ子どもたちにとっては当たり前に見られることかもしれません。しかしそれ故に日本語を勉強するという強い動機付けをなかなか持てず、スタッフの日本語を勉強するようにという働きかけもなかなか入っていかない現実があるようにも思います。
 特に、中学生であるQ君は、高校受験を考えた時に学校での学習状況もかなり心配な状況にあります。そこで5月27日の活動では、彼が通っている中学校の先生にエステレージャの教室に来ていただき、彼の様子を見学していただきました。その先生は、最初Q君に挨拶した際に、「目線を合わせられないように手で遮られてしまい心配したが、最後にはQ君の聞いているヘッドフォンを貸してくれたので、少しは関係性を築けたのではないか」と仰っていました。また、N君の学校での様子とは全く異なるの振る舞いを目の当たりにして、伸び伸びしているようで良かったと安心しておられました。
 もちろん、すぐに彼らの日本での生活の意味づけが急激に変わるということはないかもしれません。しかしながら、将来も日本で生活していく場合、やはり日本語や日本での学力をある程度身につけていく必要があるように思います。そのため、彼らの「居場所」となる場を目指している私たちスタッフとしては、必ずしも急激に成長する姿が見られなくとも、日本で生活に必要な言語能力、学力を獲得できるように常に働きかけつつ、時には外部の関係者と関係をつなげながら、「待ち続ける」という姿勢が求められているように思えます。(HY)