人新世の「資本論」

理事推薦本
斎藤幸平 著
『人新世の「資本論」』
(集英社新書 2020年)

 「SDGsー持続可能な開発目標」という言葉をよく目にするようになった。先日もたまたま職場でSDGsのピンバッジをもらう機会があった。虹色のきれいな丸いピンバッジだったが、どうもそれを身につける気分にならない。「持続可能な開発」という言葉に、いつも何か奇妙な感じを受けるからである。果たして、持続可能な開発なんて、可能なのだろうか。
 今回推薦する本書は、この「持続可能な開発」は可能か?という問いに、明確に答えてくれる。それは「ノーである」と。
 レジ袋が有料化されたために、私はほとんどの買い物でレジ袋をもらうことがなくなった。時にはマイバックも持ち歩く。数年前に車を買い換えた際もハイブリッド車を選択した。それらによって、私は少しでも環境に貢献できているのではないかと考えてきた。これだけではない。日常生活の様々な場面で、それが微々たるものと認めつつ、地球環境に配慮した選択と行動をしてきたつもりだった。
しかしこの本の筆者は、それらはほとんど何の役にも立たない、むしろ温暖化を加速させてしまうと言う。グリーン・エコノミーも、経済がスムーズに進めば経済規模が拡大し、消費規模が増大する結果、温暖化は免れない(経済成長の罠)。生産性を上げようとすれば、雇用維持のために経済規模を拡大せざるを得ず、結局温暖化は免れない(生産性の罠)。結局、開発・成長を原理とする資本主義に基づく限り、地球環境の保全は不可能であり、いずれ滅亡は避けられないというのである。
 資本主義は結局のところ私たちに豊かな生活をもたらしたわけではなかった。豊かさを求めて働けば働くほど、私たちは逆に貧しくなっていく。しかし資本主義が貨幣的価値の追求の帰結として私たちの生活のすべてを包摂し、そしてもはや自明のものである(と思い込まされている)「帝国的生活様式」そのものを根本から問い直さなければならないと指摘する。 筆者は最新のマルクス研究の成果を援用しつつ、資本主義と決別し、脱成長コミュニズムへの転換の必要性を説く。ただ「マルクス云々」とか「資本論云々」ということが肝なのではなく、肝心なのは資本主義から脱却するために何をしなければならないのか、という提案である。5つの提案が示されている。それは
①「使用価値」重視の経済への転換と、大量生産・大量消費からの脱却
②労働時間短縮と生活の質の向上
③画一的分業の廃止と労働の創造性の回復
④生産プロセスの民主化と経済の減速
⑤エッセンシャル・ワークの重視
であった。
 とはいえ、これら一つ一つはかなり大がかりでとても困難な取り組みのように思える。大量生産・消費からの脱却なんてできるわけない!、労働時間を短縮なんて無理!、経済の減速!?そこら中から驚きの声が聞こえてきそうであるし、私もこんなことが可能だろうかと正直疑問に思っている。
 しかし、例えば学校教育やケア労働の場面では、むしろ③画一的分業の廃止と労働の創造性の回復や、⑤エッセンシャル・ワークの重視という視点が欠かせない視点になってきている。いつの頃からか学校の外部から降りかかってくる様々な圧力やプレッシャー、とりわけ競争に勝つこと、効率よく目標を達成することに主眼が置かれた、いわば資本主義的な要求に私たちはどこかで疑問を感じつつ、また抗うことも許されずに付き従っていたのかもしれない。
 資本主義との訣別は困難な挑戦であることを筆者自身も認めている。しかし、それでもその挑戦をしなければならないほど、この惑星は危機的な状況にあるのだという筆者の主張が、叫び声のように聞こえる。
 私たちはとても思い宿題を背負っているのだということを自覚した。(TH)