『となりのイスラム』

2月理事推薦本 内藤正典著『となりのイスラム 世界の3人に1人がイスラム教徒になる時代』(ミシマ社 2016年)

 イスラム国によるテロが世界中を震撼させているが、このところシリア政府によるイスラム国壊滅攻撃で多少下火になったのかと思う。それにしても、我々は欧米の一方的な論理に煽られ「イスラム=怖い」と思い込んでるのではないか。第一にイスラムと聞いただけで、皆がテロリストというわけでもないだろうし。何の知識も無しに一方的なプロパガンダに煽られているのではとの危惧もあり、このところイスラム・イスラム教に少なからず関心を持っている。そんな折、別の本を探しに出かけた市立図書館で、目についたのがこの本。書名も親しみやすいのと、サブタイトルに「世界の3人に1人がイスラム教徒になる時代」というのは、「えっ、そうなの?」と驚きもし、興味を惹いた。
 著者は同志社大学の教授で、専門は「多文化共生論」「現代イスラム地域研究」で、トルコやシリアなど中東の国々で調査研究に携わっており、ヨーロッパを旅行してからイスラム圏に入るとホットすると、トルコに住まいも持って1年の半分ぐらい過ごしている。
 内容は中東戦争の経緯と本質・イスラム世界の人々の暮らし・イスラム教とは・戦争やテロが起きないためにというものだ。
 エルサレムの地で一番初めに起こった宗教はユダヤ教、次がキリスト教、最後がイスラム教で、前の2つの宗教の欠点を修正したのがイスラム教と言われている。イスラム教は元々砂漠で生まれた商人の宗教で、面白いのは為替の方式を発明したのはイスラムだという。この交易の手段を成立させるためには、お金を預ける人間と預けられる人間との信頼と公正が必要になる。この信頼を担保にしてきたのがイスラム教徒どうしの信頼と公正。また、「儲けの一部を喜捨しなさい」というのもコーランにあって、必ず貧しい人、生計の手段を持たない人に差し出さなければならない。利子も厳禁。眠っている間に儲かるなんてとんでもない。現代は金融商品全盛の時代、今の世界の方が何だか怪しい。皆で共生し助け合って生きて行こうというのが、イスラム教の基本的スタンス。日常の生活でも子どもと年寄りを大切にする。市民講座でイスラム世界を研究している講師も、「トルコでは孤独死なんて絶対ありえない」という話を思い出し、なるほどと感心しながら読んだ。著者の子どもが骨折したとき、ギブスをした子どもにトルコ人は「(悪いことが)早く去ってしまいますように」と声をかける。日本では「お大事に」でもどう大事にするの?骨折の治療の後、支払いをしようとすると、トルコの事情が分からないのに貰えないと受け取らない。これでは、病院や制度が成り立たないが、制度がきちんとしていないのがイスラム世界。それを補うのがイスラム的な循環の優しさ。何だかとても生きやすい、暮らしやすい社会。
 フランスでテロが頻発したり、シャルリー・エブドが攻撃された事件が注目された。フランスの国家理念である自由・平等・博愛は絶対であるという偏見で、これに従えば良し、そうでなければ自国の権益を守るということで攻撃する(アルジェリアへの攻撃)。女性の黒いベェールも差別として断じて認めない。別にそれでフランス人が迷惑するわけでもないのに。私達もフランス革命の理念は素晴らしいと教え込まれてきた。しかし自国以外にはその理念のかけらもないのが現実だ。それが攻撃の対象になる。
 かつてオスマントルコ帝国は、基本はイスラム教だが全ての宗教を受け入れてきた。オスマンの研究者に言わせると、侵略と虐殺の宗教こそキリスト教だという。イスラム=暴力と思うのは真実と現実を知らないということだろう。また、欧米人は線を引きたがるという。国境しかり、宗教しかり。しかし線の無いのがイスラムだ。我々が暮らす東アジアもかつては線の無い世界であった。その中で交流し、時には戦い、そうして発展してきた。今、世界は欧米の論理が席巻しているが、本当にそれだけだろうか。イスラムにはイスラムの、アジアにはアジアの論理があり歴史がある。独断と偏見に満ちた欧米の論理に惑わされることなく真実を見つめていきたい。そして戦争の無い世界に。そのためにも偏見を持たず一度読んでいただきたいと思う。(TT)