『被差別の食卓』

9月理事推薦本 上原善広著『被差別の食卓』(新潮新書 2005年)

 フライドチキンはとてもポピュラーなご馳走で、日本においては食べたことがないと言う方はいないのではないでしょうか。しかしそのルーツはアメリカのプランテーションで働いていた黒人奴隷の食卓にありました。「フライドチキン」は元来、農園主が食べられずに廃棄していた鶏の骨や手羽の部分を、時間をかけて揚げることで骨まで食べられるように調理したものだそうです。それが今日十分に肉が付いた部位を用いて調理したものを我々は食しているのです。
 他の例として挙げられているのは、ブラジルの奴隷料理だった「フェイジョアーダ」です。これは、豚の内臓、耳、鼻、足、尻尾などと豆を煮込んだもので、今日ブラジルの国民食として知られています。
 ヒンズー教は牛を神聖な動物と見なしていますが、このヒンズー教徒が多いネパールで死牛馬の処理と皮革加工に携わっている「サルキ」と呼ばれるカーストがあるそうです。彼等は解体した牛や馬の肉や内臓を料理して食していたそうです。著者はこのサルキの料理は日本における被差別部落の「さいぼし」という料理と共通点が多いと言います。「さいぼし」とはビーフジャーキーのようなものだそうです。
 さらに、ブルガリアやイラクを漂泊しながらダンスや曲芸の芸能活動をしているロマという民族の料理がが挙げられています。ロマは日本ではジプシーとして知られています。かれらのハリネズミを使った料理や小麦粉をこねただけの具をいれたスープなどが紹介されていました。
 そして最後に日本の被差別部落の食事の数々が紹介されていました。牛や豚の内臓を材料とする料理や、ネパールで紹介されたのと類似している「さいぼし」は、冷蔵庫がない時代に肉を保存するために塩や醤油につけたものを乾燥させて作ったものだそうです。
 著者である上原氏自身は大阪の被差別部落の出身だそうで、ある種の隔離された場所での生活の様子やそれらが外の世界からどのように見られてきたかといったことを分かりやすく述べています。先の事例に共通するのは、厳しい状況下に置かれている被差別者の食事ひとつをとってみても、そのなかに彼等が生き伸びていくための豊かな知恵と工夫が込められているということです。食が豊かになっている今日、巷で「B級グルメ」としてもてはやされている料理の中にも、世の中から厳しい差別を受けつつ、その中で生き抜くことを強いられた人々の闘いの歴史があるのだということを認識させられました。
 余談ですが、私が中学校や高校で社会科を教えていた時、関連する内容の学習の際、この本の内容を必要に応じて紹介しました。資料として授業にも活用できると思います。(FK)