奇跡のむらの物語

理事推薦本
辻 英之 編著
『奇跡のむらの物語-1000人の子どもが限界集落を救う!』
(農山漁村文化協会 2011年)

 舞台は長野県南部に位置する泰阜村(やすおかむら)。「19世紀の村」(貧しくとも助け合い生きる村)といわれた過疎の山村である。30数年前、自由な教育を目指してこの村に移り住んだ若者(ヨソモノ)が、都会の子どもを集めて1年間の山村留学をスタートさせた。村人からは「ヨソモノの悪い血に村の子どもが染まる」と反対の声があったが、「ヨソモノ」は村の活動に積極的に参加し、時間をかけて村に溶け込んでいった。本書はNPOグリーンウッドと泰阜村(やすおかむら)の村人たちが「教育」を中心に据えて地域の再生を進めてきた軌跡をまとめたものである。その理念は「地域に根ざし暮らしから学ぶ」。自然と共存してきた人々の生きる知恵を村人から学ぶというものだ。近年木登りはダメ、公園のボール遊びダメ、包丁や火の使用はダメ…と子どもたちは失敗から学ぶ経験や、考えて工夫する経験の場を奪われている。泰阜村の取り組みは教育の原点を教えてくれる。次々に展開される村での活動を簡単に紹介したい。

〇 暮らしの学校「だいだらぼっち」
 1年間の山村留学の子どもたちの生活の場「だいだらぼっち」では、食事、掃除、洗濯、薪割り、風呂焚きなどをすべて自分たちで行い、米や野菜、必要な道具も自分たちで作る。自給自足生活の中で、厳しい自然状況に応じた1年間の暮らしの段取りを学ぶ。また、共同生活で問題が起これば、どんなに時間をかけても納得がいくまで話し合う。多数決はとらない。
〇子ども山賊キャンプ
 都会の子どもたちを対象にした3泊4日のキャンプで、村人を山賊に見立て山賊のように暮らしながら遊ぼうというもの。何をやりたいか、プログラムも食事も自分たちで決めて作る。「ハタラカザルモノクウベカラズ」だ。参加した子どもたちだけでなく、ボランティアの若者たちも育っていく。
〇あんじゃね自然学校
 村の子どもたちが月に1度、おじいま、おばあまから養蚕、わら細工、狩猟などの昔ながらの技術や知恵を伝授される場。「わしは職人だ、子どもなんかと一緒にやれるか。」と言っていた炭窯作りの名人が、子どもたちに触れた途端「これからは子どもと一緒でなければ炭窯づくりをやらない」と変わっていく。伝える楽しさを知り大人も生き生きと元気になってくる。さらに、体験の質を上げるために大人たちが話し合い学び合う場として「あんじゃね支援学校」が新たに展開された。

 どの活動も柱は「ものを作って食べるのが生活の基本」といたってシンプル。その中で、時間をかけること、子どもたちに任せること、地域の力を生かすことを重要視している。様々な体験活動を通して、生きる力、人と支え合いつながる力、健全な心を育んできた。さらに、昔からこの村が貫いてきた姿勢「貧すれど貪せず」を、生活が厳しい時でも子どもたちの未来にお金や気持ちを注ぐという形で具現化したことが、地域の活性化に繋がっていった。何もないことから何かを生み出す教育、地域の生活に根ざした教育の実践は、今後の教育のあり方としてひとつの指針になるのではないかと思う。
 子どもの言葉が印象的だ。「不便なこと、めんどうくさいことが楽しい。」(GY)