ジレット・ダイアモンド著『文明崩壊 滅亡と存続の命運を分けるもの』(上巻・下巻、草思社文庫 2012)
著者はボストン生まれで、医学を専攻し医師を目指していたが、終了直前に専攻を変え、進化生物学・生理学・生物地理学者として活動している。著書で特に知られているのは、長期間に渡るニューギニアでのフィールドワーク、言語学、文化人類学、歴史学を基に書かれた「銃・病原菌・鉄」である。「逆転の歴史学」ともいわれる文明の発達史は大変興味深い著作で一読をお薦めしたい。
この「文明崩壊」は現代文明に対する警告の著作である。そして最も重要な前提は、人類が地球上に登場した時点から地球の浸食は始まっているということである。つまり人類は自然を浸食することによって、現在まで繁栄してきた。当然、昔の生活は自然の中で自然と共に営まれていたという懐古趣味は成り立たない。昔の人のような生活に戻したところで地球の崩壊は免れないということである。
人間の生活で地球浸食の原因とは次の8点を挙げる。
①森林乱伐②植生破壊③土壌問題(浸食・塩性化・地力の劣化)④水源管理⑤鳥獣・魚介の乱獲⑥外来種による在来種の駆逐、圧迫⑦人口増大⑧一人当たり環境侵害量の増加。
その上今日的な課題は、①人為的に生み出された気候変動②環境に蓄積された有毒化学物質③エネルギー不足④地球の光合成能力の限界を提起し、今後数十年の間に地球は重篤化するだろうと。そして地球最後の日を迎えないためにも、今、我々にできることは?
それは過去の文明が崩壊した過程の中に答えがあるのではないか、それを学ぶ必要があるのではないかという本である。
過去の社会から近現代の社会まで失敗例、成功例に分類しながら分析する。成功例として日本の徳川幕藩体制が揚げられ、徹底した管理によって森林伐採から免れ社会が存続したと論じているのは少々疑問にも思うが、カンボジアのクメール王朝の滅亡、ドミニカとハイチの比較、オーストラリアの問題は興味深かった。クメール王朝の崩壊は上記の水源管理の問題で、大きな川のないカンボジアで雨水をしっかり管理できるかが存続を左右した。またドミニカとハイチは政権が有り方により大きな違いができた。ドミニカで独裁政権であった時は森林伐採を厳しく禁じていたので豊かであったが、独裁者が死亡したとたん伐採がはじまった。ドミニカから来日していた子どもの保護者が「教育費が無償なので帰りたい。」と言っていたのを思い出す。ハイチは隣りなのに無計画の伐採で、森林がほとんど無い状態。経済的にも貧しく、治安もよくないということで、森林伐採から上記の①~⑧の原因が誘発され貧困に陥っている国である。
オーストラリアは我々日本人の生活に関係深い国であり、オージービーフなど食料の輸入で恩恵を受けている国でもあるが、実は土壌に問題があって、耕作できる表土が薄く、食料を輸出できる国ではない。原因は入植したイギリス人がうさぎを持ち込んだことにあり、今、徹底した駆逐を行って改善を図っている。
ほぼ世界中を網羅している書なので、自身の興味ある地域、国を中心に読んでいくのも良いだろう。その中から近未来に「地球最後の日」を迎えることのないよう我々は学びとりたいと思う。
よく過去のことは過ぎてしまったことで、知ったところで何もならないと考える人が案外多いように思うが、わたしが座右の銘にしている言葉に、先年亡くなった西ドイツ大統領ワイツゼッカーの有名な演説「過去の真実を見ない者に未来は見えない」という一説がある。元々歴史学は古代ギリシャで成立したときから未来を見る学問であった。時には歴史書を手にとるのも良いのではないだろうか。(TT)