私たちはどんな世界を生きているか

理事推薦本
西谷 修 著『私たちはどんな世界を生きているか』
(講談社現代新書、2020年)

 コロナ禍を契機に、現代社会を問い直す動きが活発になっている。そうした中で、私たちは新しい選択肢として、どのような社会をイメージするのか、そこが問われているように感じる。本書は、そのような中で取り上げてみたい1冊である。
 ここでは、西谷氏の見取りを簡単に紹介しておこう。
 いま先進国を中心とする世界で起きていることは、20世紀の世界戦争後に「普遍的人権」というものを規範理念として掲げて整えられてきた秩序原理を覆し、失効させようとする動きである。それは世界戦争直後に始まった冷戦下で、競争的に、科学技術を発展させ、それに伴う経済成長で一見「世界は豊か」になったように見せかけたことから始まっている。特に、冷戦後の単独勝者となったアメリカ国家にそもそも組み込まれいた「所有権に基づく自由」は、グローバル経済の波を作り出し、「自由」の名のもと、経済システムの自動化によって、国家の役割が吸い取られていく状態を作り出している。今や、国家(政府)は経済成長と言いつつも、国民をまとめていっしょに「成長」するというのではなく、企業のために労働力を管理しようとしている。これによって、文明の未来を先取りするとみなされるような人々が私的に巨額の富を築く一方で、世界中に悲惨な貧困や荒廃が広がっていっている。つまり、戦後秩序において、根本に「人権」を立て、その限りでの「平等」を制度化していくという共通原則が失われていっているのが、今起きていることだというのである。
 こうした見取りのもと、西谷氏は「近代」がもたらした「自由」を、今一度捉え直すことを提案する。現在進行しつつある「自由」は底が抜けている「新自由」であり、それは自己の全能感と他者否定に支えられている。「自由」という概念は、理念的には限界との関係で立ち上がるもので、それは「他があって、自分がある」という個々の人間の存在条件と切り離せないはずのものである。その理解に立てば、「普遍的人権」を規範理念とする世界を今一度よみがえらせることができるのではないか。それこそが、歴史の中のポイント・オブ・ノーリターンとする場所ではないかとしている。
 本書では、これらの見取りが、アメリカ、ヨーロッパ、朝鮮半島、そして、明治以降の日本の歴史を紐解きつつ解説されていく。激変する世界の新たな見取り図をもった気がする1冊である。(SM)