ハーバード白熱教室講義録

理事推薦本
マイケル・サンデル 著
『ハーバード白熱教室+東大特別授業』
(早川書房 2010年)

 正義ってなんだろう。2021年夏、アフガニスタンではタリバンが政権を握ることになった。これまで紛争やテロが起こる中で命を落とす人は多くいた。戦争において、人を殺める行為に正義はあるのだろうか。そもそも、正義は人によって宗教によって国によって異なるはずだ。答えは1つではなくたくさんあったり、答えがなかったりする。
 人を殺める行為の殺人事件には正義があるのかという問がこの本書の中で出てくる。あらすじとしては、ハーバード大学のマイケル・サンデル教授が、講義の中で受講生とともに様々な面から「正義とは何か」を話し合うものである。答えはないのだが、講義で生徒が話し合いを積み重ねていく過程を知ることで、自分にはなかった新しい考え方を知る機会になった。読んでみて、「この恐ろしい講義録は何だ」というのが正直な感想。初めの章では、ただしい殺人はあるのかと事例を踏まえて、講義が進んでいく。
 今回の講義テーマが出題される。
 「海難事故にあった4人がいて、食料が底を尽きた時、そのうちの1人は海水を飲み衰弱してしまう。そこで、衰弱した1人を殺害して、血や体を食らうことで3人は生き残る。」
 このような内容を聞いて、結局のところ話の終着点が見えないことに疑問をもった。終着点がない物事に対して話し合いをすることに意味はあるのだろうか。受講生の意見は2つに分かれる。1人よりも3人が助かった方がよいのではないかという行為の帰結に道徳性を求める帰結主義的な考え方。そもそも人を殺める行為が間違っているという義務や権利の中に道徳性を求める定言的な考え方。どちらかというと私も提言的な考え方で、人の命を奪うまで自分が生きたいかというと、そうは思わないかもしれない。みなさんはどちらだろうか。どちらの考え方も否定はできないが、やはり議論の終着点が見えない。そう思っていると、懐疑主義という文字が見えてきた。懐疑主義は、「議論しても答えは見えてこないのだから時間を費やすことは無駄だ」ということである。自分が感じていたことは懐疑主義に少し似ているように感じたと同時に、結果に着目しがちでこのままでは思考が停止してしまう恐怖を抱いた。どうしたら良くなったのではなく、どうすれば良くなるのかと考えていきたいと強く思った。
 後半の中で、「店員がお釣りをごまかそうとしたが、ごまかすことで風評被害が出てしまうと思い、ごまかすのをやめた」という出題がされる。結果としてお釣りをごまかさずに正直に渡したが、店員が行動した理由は道徳的ではない。小学校指導要領 道徳のA項目には善悪の判断、自律、自由と責任があるが、道徳の教科書の指導書には「自分が正しいと思い、行動するときに大切なことはなにか考える」というめあてが記載されている。本当に自分が正しいと思っていれば、その行動をしてもよいのか。正義など場面によって変わることがあるのに自分自身が正しいと判断することで、それが正当化されてしまうことが懸念される。
 様々な正義を知っておかなければ、偏った正義を貫いてしまうかもしれない。この本を読むことで、少し立ち止まって自分を考える機会になった。(T.B)