アダムスミスの夕食を作ったのは誰か? これからの経済と女性の話

理事推薦本
カトリーン・マルサル著、高橋璃子訳
『アダム・スミスの夕食を作ったのは誰か?―これからの経済と女性の話―』
河出書房新社 2021年

 著者のカトリーン・マルサルはスウェーデン出身で、英国在住のジャーナリストである。政治・経済・フェミニズムなどの記事を寄稿し、2015年、BBCの選ぶ「今年の女性100人に」選出された人物である。
 私は「アダム・スミスの夕食を作ったのは誰か?」というタイトルに興味を惹かれてこの本を手にした。あの著名な経済学者が女性が行う家事労働をいったいどのように捉えていたのか知りたくなった。実際日本においても二十数年くらい前であろうか、無償で行われる家事労働を市場化した場合にいくらに相当するのかという研究は行われていた。カトリーン・マルサルがこの本を著したのは2015である。この当時のヨーロッパのフェミニズム・エコノミストたちが、この無償の家事労働の価値に注目して経済的視点から何をどのように論じるのかぜひ一読してみたいと思った。
 
 まず、「アダム・スミスの夕食を作ったのは誰か?」という問いの答えは母親であった。彼は生涯独身だったそうだ。つまり母親が年老いるまで彼の身の回りの世話をしていたというのだ。そしてもう一点この本を読むにあたって押さえておきたいことは、アダム・スミス前後の歴史的に著名な経済学者は男性であったということだ。つまり経済を語る男性が私生活で得ていた家事労働は家族内の女性が無償で担っていたということである。
 では家庭で主婦が焼くパンと店の職人が焼くパンは何が違うのか。アダム・スミスは次のように言っている。「我々が食事を手に入れられるのは、肉屋や酒屋やパン屋の善意のおかげではなく、彼らが自分の利益を考えるからである」パン屋がおいしいパンを焼くのは、たくさんの人に買ってもらうためで、買った人がおいしい食事を楽しむかどうかは関係ない。
 一方、肉屋やパン屋や酒屋が仕事をするためには、その妻や母親や姉妹が行う家事や育児は必要であり、経済発展には欠かせないものであるが、国の統計には記録されず、このような労働は「生産活動」にはあたらない。何も生み出さないものだとしている。しかし家政婦は家事労働を有償で請け負っているのでGDPに反映されるが、もし男性が自分の雇っている家政婦と結婚したら、国のGDPが減ってしまうと経済学者が冗談でよく口にするそうだ。また当時の経済学者たちは家事やケア労働は女性が愛のために行うのだと考えており、経済的に価値のないものとされていたので、それが市場化されたときには賃金の安い、不安定な仕事になってしまったのだと訳者があとがきで書いている。
 
 よく北欧はジェンダー格差があまりないと言われているが、スウェーデン出身の筆者からみるとまだまだ男性優位の社会だそうだ。やはり家事を担うのは女性が中心で、それによって女性の働き方が制限されるのはどこも共通の課題なのか。ジェンダー格差は女性だけの問題ではなく男性の問題でもある。
ここでは一部しか紹介できなかったので、ぜひ一読をお勧めする。(FK)