折られた花

 2023年度最初の理事推薦本を紹介します。今年度も毎月、Ed.ベンチャーの理事がみなさんに「ぜひ読んでほしい!」とお薦めする本や、教育講演会の講師による著作、理論学習会での購読文献を紹介します。

 

理事推薦本
マルゲリート・ハーマー著、村岡崇光訳
『折られた花 日本軍「慰安婦」とされたオランダ人女性たちの声』
新教出版社 2013年

 

 「従軍慰安婦」という言葉を聞いた時、私の真っ先に頭に浮かぶのは、戦前・戦中において朝鮮半島、中国、東南アジアにおいて日本軍の下で行われた非道な行為である。戦後80年になろうとする今日であっても問題が完全に解決したというには程遠い。とは言え、私はてっきり「従軍慰安婦」の問題は日本とアジアの国々の間で生じた問題であると思い込んでいた。
本書で紹介されているのは、戦時中、当時オランダの植民地であったインドネシアに侵攻した日本軍によって「従軍慰安婦」として強制的に徴用されたオランダ人女性被害者である。「従軍慰安婦」はヨーロッパの人々の中にもいた、ということは私にとっては初めて知ったことであり驚きであると同時に、当時の日本軍の残忍さを改めて認識した。この本の中で紹介されている被害女性は10名に満たないが、彼女たちの経験それぞれは想像を絶したものであり、戦争という異常な状況が、いかに一人ひとりの人間に深い傷跡を残してきたのかということが分かる。
 次の二点を考えた。
 ひとつは「慰安」とは何だろうか、ということである。「慰安」という言葉を調べると「心をなぐさめ、労をねぎらうこと」とある(コトバンク)。「慰安婦」とか「従軍慰安婦」と言った時に、初対面の異性と瞬間的に性的な関係を持つことが兵士にとってどのように「慰安」になるのか、私にはよく理解できないが、もしそれを「慰安とするのだ」と言われ、それが当然であるとされるのであれば、その社会や体制はどれほど女性の人権を無視し、「性」そのものをないがしろにしているのか、さらには男性の人権ですら損ねているのではないかと、空恐ろしい気持ちになる。しかし恐らく今日の女性や「性」に対する捉え方は当時からあまり変わっていないのではないかとも思える。一人ひとりの個人にとって最も大事なはずの「性」の問題が、国家のために供出させられるということの異常性、残忍さをもっと考えなければならないと思う。
 もう一つは「戦争の恐ろしさを学ぶ」ということの大切さである。第二次世界大戦が終結した後、幸いにも日本国内で戦争が起こることはなかったが、世界各地で絶え間なく様々な紛争が起こっている。最近ではロシアが突然ウクライナに侵攻し400日が経過した。そしてこの戦争が終結する道筋は全く見通せないどころか、各国の武器供与も進み、さらに戦闘が激化する恐れもある。戦乱の地において社会的弱者は一層窮地に追い込まれるのが常である。報道はされないものの、恐らく当地では様々な性被害が起こっているであろうことは想像に難くない。そのことを念頭に置けば、本書で示される「従軍慰安婦」という問題が過去の出来事ではなく、今日の問題として捉え学び考える必要があるのではないかということである。そして、戦時下だけでなく平時においても性を巡る様々な問題、性そのものへの捉え方について改めて問い直しが迫られているのではないだろうか。戦争を知る世代が急速に減少する中で、戦争を知らない世代である私たちが次の世代に対して戦争の恐ろしさと平和を守ることの大切さと難しさを次の世代にどのように伝えていけばよいのか、真剣に考えていかなければならないと感じた。(TH)