いま平和とは

理事推薦本
最上敏樹 著『いま平和とは-人権と人道をめぐる9話-』(岩波新書 2006)

 この本は、2004年月から11月にかけてNHKで放送された「NHK人間講座」という番組のテキストをもとに書き改められたもので、初版は2006年である。「はじめに」で著者は、この本の狙いは「薄れようとしていた平和への関心を取り戻したいという方が少しでも増えてくれればと願うものです。」と書いていて、その狙いのために、必要以上に専門的なことや難しいことを書きすぎないようにしたとし、読者が平和について議論し、考えることを期待している。そして、次の9話について解説している。

第1話 尽きせぬ武力紛争-「新しい戦争」の時代に
第2話 未完の理想-国連による平和
第3話 平和のための法-国際人道法と国際刑事裁判所
第4話 平和を再定義する-人間のための平和
第5話 人道的介入-正義の武力行使はあるか
第6話 平和と人権と市民たち-市民社会の世界化へ
第7話 核と殲滅の思想-人間の忘却としての平和破壊
第8話 絶望から和解へ-人を閉じ込めてはならない
第9話 隣人との平和-自分を閉じ込めてはならない

 これら9話の中から、第4話と第8話そして第9話について紹介したい。。
第4話では、新たな平和観が紹介されている。平和観が、「戦争がないことが平和」というものから、戦争がなくても「平和ならざる状態はある」という平和観へと変わっている。この新たな平和観の背景には、社会正義の問題なのではという問題意識、自分の責任によらないことで差別され、排除され、悲しみ傷つくのは平和とは言えないのではないかという問題意識がある。そして平和研究は、貧困や開発、人権、平等などといった非軍事的な社会問題にも関心を広げていき、平和の意味が、人間の生命と生活を守る安全保障へと変わり、平和は人間が人間らしく生きること、誰もが生まれながらにして持っている権利(人権)を侵されないことではないかと著者は語っている。平和について考える時、誰もが戦争のないことが平和であると考える。戦争のニュースがテレビで流れ、映像を通して多くの市民が犠牲になっている様子を知ると、これまで体験者の話や本、映画といったものから想像していた以上に戦争が残酷で悲惨なもので、恐ろしいものだと感じる。平和とは戦争のない社会を作ることであることは間違いないと思う。しかし、市民がこの戦争を直接終わらせることは難しい。「戦争反対」と声を上げても戦争は終わらない。犠牲者が増え続けいることに心を痛めても戦争は終わらない。戦争を終わらせることに関して市民は無力だと感じる。しかし、新たな平和観で平和について考えてみると、戦争を終わらせることに関しては無力であるけれども、市民は平和の作り手でもあると考えることができる。戦争がなくても「平和ならざる状態」が社会の中には数多くある。偏見、差別、貧困などに直面し、困難な思いをしている人がいる。私たちの身の周りにある「平和ならざる状態」に目を向け、その問題を考え、その解消に関わることが平和な社会の実現につながり、市民が平和の作り手となると考えることができる。そのためには、高い人権意識を持つことが必要で、私たちが自分自身の人権意識を育てていくことが必要ではないかと思う。第4話は、人権と平和について考え、今ある社会の中で平和を考える視点を与えてくれている。
 第8話と第9話では、平和をどのように実現していくかが語られる。第8話では、ユダヤーパレスチナ問題から平和問題を考えていく。著者は異質な他者の排除ではなく、お互いに相手の文化や伝統を尊重し合うこと、自分とは違う人間たちにも同じように生存権を持っていることを認めることがカギになる、異質な他者を排除することは「境界」(壁)を作ることで、平和問題の根底には「境界」の問題が横たわっているとし、「境界」を作って「人を閉じ込めてはならない」と語っている。そして、「境界」を作ることについて、日本の開かれにくさにも触れている。難民の受け入れの少なさや人道的配慮の足りない不法滞在者の強制送還の事例がまだ残っていることをあげて、これらは他者との接触を断って自分たちを閉じ込めるようなやり方で、他人を閉じ込めるのと同じくらいに平和を遠ざける営みであると指摘している。著者は、開かれていること、閉じ込めないこと、閉じこもらないことによって、独善的でも排他的でもなく、誰もが共有できる平和の基礎が作られると語っている。
 そして第9話で著者は、平和がまだ実現していないが誰もが欲し、誰もが失いたくないものであるなら、その希望について考え続け、語り続けなければならないものである。奪われてならない人権が奪われていることを放置しておいてはならない。それが「平和」について考えることである。平和への希望とか理想というのは、「これさえすればこれだけは良くなる」ということ(例えばわずかな援助)がある時に、それだけでもしておくこと、あるいは「これさえしなければこの問題がここまで悪くはならない」ということがあるときに、それをあえて強行しないこと等々だと語っている。最後に著者は、若者たちに、平和について考え続けるときに、すべての理想を今すぐに実現せよと求められているのだと考えないでほしい。前の世代から受け継いだ世界より悪い世界を残さないようにはしたい。だから、もし私たちにそれができたなら、どうかそれを少しでも良くなるようにしてほしいというメッセージを残している。

 人権や異質なものとの共生についてもっと深く考えていかなければいけないと感じる。平和の実現は世代を超えて受け継がれていくほど時間のかかるもので、どこかの世代がその実現の努力を止めてはいけない。少しでも良い方向に向かっている世界を次の世代に受け渡すために今できることは、人権から平和を考えていくことではないかと思えた。この本は、タイトルにあるように、平和について考えるきっかけを与えてくれる。(SH)