ドイツは過去とどう向き合ってきたか

理事推薦本
熊谷徹 著『ドイツは過去とどう向き合ってきたか』(高文研 2007)

 日本とドイツはともに第二次世界大戦の敗戦国であるにもかかわらず、その後被害者(国)に対する謝罪や補償に関する責任の果たし方や、近隣国との平和構築の方法が異なるようである。これは過去の戦争の何を反省し、今後戦争を起こさないように何をしなければならないかという認識の違いであろう。我々はドイツの過去との向き合い方を学ぶことによって、日本の将来の平和構築を再考する手立てになるのではと考え、この書籍を紹介させていただくことにした。
 この本の構成は次のようである。
Ⅰ 政治の場で
  ホロコーストの犠牲者に対する国の賠償や、加害責任との向き合い方など
Ⅱ 教育の場で
  ナチス時代を重視する歴史教科書とポーランドとの教科書会議と独仏共同の教科書の誕生など
Ⅲ 司法の場で
  「個人の罪」を重視するドイツ人の戦争責任観、時効廃止で一生追及されるナチスの戦犯、アウシュビッツ否定は法律違反など
Ⅳ 民間の取り組み
  ドイツの企業の賠償、元被害者との交流・支援を行うNGO「償いの証」、アウシュビッツに派遣された若者たち、元被害者たちとの対話が和解への第一歩など
Ⅴ 過去との対決・今後の課題
  極右勢力の伸張、反ユダヤ主義の兆候-燃やされた「アンネの日記」、ドイツ人は「被害」を語ることができるのかなど

 この5章の中でⅡの教育に関する賞を重点的にご紹介することにする。
 ドイツの歴史教科書はナチスが権力を掌握した過程や原因、戦争の歴史を詳しく取り上げ、ドイツ人が加害者だった事実を強調している。ある教科書はワイマール共和国の崩壊、ナチスの台頭から敗戦までの時代に95ページを割いている。
 歴史の授業は討論が中心で、歴史を一つの面からだけでなく、様々な角度から見ることを重視している。生徒たちはナチスによる暴力支配の細部を理解し、自分の考えを発信するように求められている。
 また、歴史教科書に透明性を保つことは、かつての被害国との間に信頼関係を築く上で極めて重要である。ドイツは世界で最も積極的にこの努力を行ってきた。ゲオルク・エッカート国際教科書研究所を設置し、ポーランド、フランス、英国、ロシア、米国、オランダ、デンマーク、ハンガリー、ルーマニア、イスラエル、チェコ、スロバキアと教科書会議を開催してきた。かつては歴史教科書に意図的に誤った情報、歪曲された事実が載せられていた時期があったが、この研究所では記述を正確に、客観的にする努力を行ってきた。同研究所は若い世代に国粋主義に汚染されていない客観的事実を伝え、他国への偏見や憎しみを減らすよう努力するという、「過去との対決」の中でも重要な役割を担ってきた。ナチスドイツの犯罪が、教科書に克明に記されているという事実は、被害を受けた周辺諸国の間に「新しいドイツ」への信頼感を醸成する上で大いに役立っている。
 次に、東西冷戦下で西ドイツとポーランドが教科書会議を、両国の歴史学者たちによって20回以上も開催されていた。かつてのドイツの教科書には、ポーランドは劣った国として見下すような表現があったが、会議によってこのような表現を減らすことができ、ポーランドとドイツの間の抗争の歴史を終わらせるよう努力をしてきた。同会議では「民族の追放」か「住民移動」かなどのデリケートな問題を避けずに率直に意見の交換が行われていた。日本も近隣諸国と南京虐殺や強制連行、慰安婦問題などのデリケートなテーマについても正面から議論を行なうことが重要である。両国が受け入れられる表現や記述内容について合意することも、教科書会議の目的の一つである。ヨーロッパの人たちは教科書を現在の状態にするまでに50年もの歳月を要したのである。
 さらに2006年にはドイツとフランスの歴史学者たちが、初めて共同で歴史教科書を執筆し発行したのである。この第1巻は、1945年から2005年までの時代を扱っており、ドイツ語とフランス語で書かれた同じ内容の教科書が、両国の高等学校で使われている。この教科書はまず冒頭に原爆投下によって廃墟と化した広島の写真を掲げ、第二次世界大戦がいかに世界を荒廃させたかを強調している。2章では、ドイツでナチスの戦犯の追及や過去との対決が、どのように行われてきたか詳しく解説されている。そしてナチスに占領されたフランスの時の政権下で、一部のフランス人がユダヤ人迫害に加担した事実も記され、「すべてのフランス人がナチスに抵抗して勇敢に戦った」という神話を否定している。33ページには「日本が行った初めての公式謝罪」として1995年の村山首相の談話が載せられており、アジアでは欧州に比べて過去との対決が遅れているという事実も紹介されている。
 この本から学ぶべきは、事実を真正面から客観的に認識し、その事実を関係国と共に理解を深め共有し、そして互いの信頼関係へと発展させていくことが、ひいては平和の構築につながるのではないかと理解した。さらに若い世代にこの事実を伝え、一緒に考えることが将来二度と繰り返してはいけない戦争への道を断つ手立てになるのではないだろうか。
 尚、この本の著者である熊谷徹氏の『日本とドイツの二つの「戦後」』(集英社新書)も併せてご紹介しておく。(FK)