母語獲得のニーズ
エスニック・アイデンティティに関して良く言われるのは、言語がアイデンティティ形成に最も大きな影響を及ぼすということである。確かに、言語はコミュニケーションツールであるから、誰とコミュニケーションをとれるかということが、所属可能なコミュニティを選択することに直結する。だから、当然といえば当然のことである。しかし、このような前提に立ちながら、教室の多数を占める複数言語環境に育つ子どもたちに目を向けると、気になること、心配になることが出てくる。
教室に来る外国につながる子どもたちは、その多くが、自らを「ペルー人」「ドミニカ人」「ブラジル人」「フィリピン人」と呼称するし、日本社会でも、そこまで細かい名指しはされないにしても「南米人」「外国人」とまなざされている。しかし、そうであるにも関わらず、かれらのアイデンティティを形成するための母語(継承言語)の獲得を保障する制度は、日本社会には準備されていないのである。
お母さんから届いたラインのスペイン語に、「私、読めないんだ」と語るE子は、どこか寂しそうである。それでも、その寂しさを押し殺して、友達のM子を頼りに、その内容を理解しようとする。そして、返信は、アプリを利用して、スペイン語の音声を吹き込み、それを文字にする。翻訳アプリは本当に便利である。でも、E子は、まだ不安そうである。M子に文字化したスペイン語を見せながら「これであっている?」と。E子の話だと、翻訳アプリは時に間違うので、うまく伝わらないこともあるのだという。M子の「いいと思うよ」の声に、E子は安心したように「よし」と送信する。教室でのE子は、自己主張もできる元気な女の子であるように見えるし、実際に活発でもある。しかしながら、そこには日本人スタッフには、なかなか理解が及ばない困難さがある。この困難さに寄り添える教室でありたいと思う。(SM)