繰り返されるトランスナショナルな移動

繰り返されるトランスナショナルな移動

 4月は厚木・座間教室に通っているAさんから聞いた話を紹介します。
Aさんはかつて高校に進学したものの様々な困難を抱えた末に高校を退学してしまった経験があります。今、Aさんは専門学校で観光の勉強がしたいと考えているのですが、高卒でないために専門学校の受験ができません。そこで現在は介護の仕事をしながら「高等学校卒業程度認定試験」の合格を目指し一生懸命勉強しています。
 ところで、そんなAさんにはこの春に中3になった弟がいます。Aさんは自分自身の経験から、弟には全日制の高校を卒業して、より多くの選択肢の中から進路を決めてほしいと思っているそうです。そのためにもかなりの授業料を払って週3日塾に通わせています。
 そのような中で、先日Aさんの母親が弟をフィリピンに帰国させると言ったそうです。Aさんは「今、弟は高校受験の大切な時期だから、フィリピンに戻すことは絶対によくない」と主張して弟の帰国を思い止まらせたとのことでした。実はAさんの母親は今回に限らず、これまでに何度も子どもたちをフィリピンに帰国させています。Aさん自身も小学校4年生で初来日して以後、小学校の時は毎年学校を休んで1~2週間、中学の時は4月から8月下旬まで一時帰国していたそうです。一時帰国中、フィリピンで学校には通っていませんでした。そうした環境下ではなかなか学力はつかず、友達もあまりできなかったそうです。結局、日本に戻って高校に進学しようとした際には成績が足りず、高校進学に際しては大変な苦労を経験することになりました。
 Aさんによれば、母親は子育てに疲れると子どもたちをフィリピンに行かせるのだそうです。子育てをめぐるストレスは日本人の母親でも相当なものであると考えられます。ましてや外国人の母親にとって、育児をめぐる様々な苦労は相当なものなのではないでしょうか。その点を考慮すると、子どもを帰国させるという選択肢をとることについて、「それはよくない」と簡単に批判することはできないと思います。
ただ、帰国させられる子どもにとってみると、一時的なトランスナショナルな移動自体が子どもに多くの負荷をかけていることもまた事実のようです。Aさんは自分がまだ小さかったときは学校を休んでフィリピンに行き、祖母や親戚の子たちに会って毎日遊べたので嬉しかったが、今となってはそのことが原因で自分の将来の選択が狭められていると考えているようです。
 Aさんの家族のように国境を跨いだトランスナショナルな移動が繰り返し行われることは、決して珍しいことではありません。しかし子どもがようやく学校に馴染んで、日本語で少し会話ができるようになったり、友達とも遊べるようになったりした頃になって、突然親の都合で帰国させられてしまい、これまでの子どもの努力が水の泡になってしまったという話はしばしば聞かれます。そして、何カ月後あるいは何年後かに再来日して、子どもは再度日本の学校や生活に適応するために大変な努力を強いられることになります。これが度重なれば子どもの将来の人生設計が難しくなってしまう恐れがあります。これはその子どもの立場からすれば本当に重大な問題です。
 私たち支援者としてはこのような子どもたちが置かれた状況に対して、根気強く対応していくしかありません。それと同時に子どもが置かれているトランスナショナルな状況について冷静にとらえていく必要があると考えています。(FK)