4月から通い始めたボリビア人姉妹は、その後も継続的に教室に通ってきています。9月下旬、スタッフが彼女らの運動会でお母さんと会ったことをきっかけに、初めてお母さんから家庭の様子や心配事などを聞くことができました。他の外国人の保護者の例に違わず、このお母さんも言語の問題で学校の書類や行事がよく分からないことに不安を抱えていることが分かり、まずは次女のキャンプの説明会に付き添うことにしました。結局説明会当日には通訳がついたのですが、実は、通訳を付けてほしいかどうか尋ねる手紙を学校は事前に出していたものの、この手紙の内容自体がお母さんには分からなかったのでした。スタッフがお母さんと関係が持てるようになると、お母さんは、「これから私も日本語を勉強したいので、子どもと一緒に教室に行ってもいいですか」と話してくれるようになりました。自分で子どもの学校のことを分かりたい気持ちはありながら、これまでどうしてよいか分からなかったのでしょう、もっと早く親と話すべきだったと反省しました。同時に、日常会話がある程度できるこのお母さんであっても学校のことを分かるハードルは高いのですから、学校や先生は、外国人保護者に対しては、手紙だけでなく、直接的な連絡を密にとるなどの配慮をしてほしいと改めて感じました。
教室は、10月からボリビアにルーツを持つ子どもの新規参加があり、ボリビア系の子どもたちは5人となりました。一方で、それまで中心だったフィリピン系の子どもたちの参加は8月以降見られなくなりました。教室を開設するきっかけとなった3人のフィリピン人の子どもたちはすでに二十歳前後となり、大学、仕事、家の事情などで長く教室への参加は不定期になっていたことに加え、昨年から参加し始めたフィリピン系の三姉妹は、今年の夏休みにフィリピンに一時帰国して以降、日本に戻ってきたものの教室には顔を出さなくなっています。「ボリビア人の参加」と「フィリピン人の不参加」という二つの事実の間に因果関係があるとすれば、その理由の一つは、Kokusai B.G.という教室は「○○人らしさ」への配慮を欠いていたということがあるかもしれません。このことについては、より深い考察が必要だと思われます。(I)