『狗賓(ぐひん)童子の島』

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1月理事推薦本 
飯嶋和一著『狗賓童子の島』(小学館 2015年)


 歴史を学ぶ時、歴史上で起こった事象が事実として積み重なって覚える。著者、飯島和一は、膨大な資料を読み込んで歴史物語を作る。読み手はその時代の証人として物語に誘われる。本作は天保8年(1837年)大塩平八郎の乱を緒とし、挙兵に参加した大塩四高弟の一人、西村履三郎の息子常太郎が、9年後、数え年15の年に「隠岐の島」島後(とうご)に流人として到着したところより始まる。
 幕吏(大坂東町奉行所与力)として務め、陽明学者として知られる平八郎が刷り物にして配った「檄文」は、支配に使われてきた儒教論理をもとに幕府の腐敗を指弾したもので、挙兵は儒教論理の実践であった。「檄文」が密かに転写され、その後に、民衆闘争と深く関連を持ちつつ激発した平八郎の乱の結果は、全国各地に伝えられ打ちおこしを引起した。島後の民も「檄文」を諳(そら)んじていた。河内きっての大庄屋だった父の事を知る島民は、畏敬の眼差で常太郎に接する。医者良準のもとに預けられた少年は、自分の運命を受け入れ、医師として成長する。その姿と同時に島民の日々が描かれる。小さな島の「物は乏しいが貧しくはない」知恵が詰まった、海、山林、野の民の暮らしが立ちあらわれる。18才になった常太郎が己の器量を見極める為に、田を借り稲を育てるエピソードは何度読んでも胸があつくなる。何事もひとりでなしとげられるものではない。田を起こし、必死で働く姿をみてたくさんの人が手をかし助ける。「人に恵まれるだけの資質を持つ人間かどうか」がためされるのだ。早乙女として早苗を田植え、稲作を助けたお幾が伴侶となり、二人で医に従事する。島後を襲うコレラ禍・麻疹禍・天然痘(疱瘡)に苦しむ民・子ども達の治療に奔走する。20数年の月日が流れ、時代は幕末からの変動期、島は疫病に加え、不作が続き困窮に苦しみ抜いていた。慶応元年の冬を迎え、餓死するしかないほどに追い詰められる。刻一刻と迫り来る危機に、名前と肩書きを持つ島のひとりひとりが自らの使命を担って走り出す。一揆を首謀するもの、回避に尽力するもの、役所に嘆願を出すもの。中央にしか目が向いていない官吏は策を講じない。一揆が起こり死者を出す。様々な軋轢が島民同士の修復出来ない深い溝と対立を産む。体制が変わっても政権の有様が貧するものを助けない。今も同じじゃないかと叫びたくなる。
 島民の危機に必ず現れた狗賓と呼ばれる伝説の神、神の使者である狗賓童子らは、緑色地に金の嘴をした迦楼羅(かるら)の面をつける。大昔からの流刑の島。神を必要とする伝説・伝承の深い意味が込められる。(AY)