あなた自身の社会

理事推薦本
アーネ・リンドクウィスト、ヤン・ウェステル著 川上邦夫訳
『あなた自身の社会 スウェーデンの中学教科書』
(新評論 1997年)

 あなた自身が生きるこの社会を、あなたはどう引き受けていくのか。この本のメッセージは、シンプルです。この本は、スウェーデンの社会科の教科書の一つです。
 子どもたちにとって身近な、または近い将来必要になってくる社会を構成する要素や課題から問いを立て、考え、意見を出し合います。この本は、正しい知識は、生活に根差した問いとなり、知恵を集めれば工夫が生まれるということを教えてくれます。中学生にあたる子どもたちに、一体どのようなことをテーマに挙げるのでしょうか。例えば、法律、犯罪、いじめ、グループ集団の圧力、ジェンダー、恋愛、麻薬、アルコール依存、クレジットカード、契約と補償、税金によるお金の再分配、出産、結婚、離婚、児童福祉、医療、障害、失業、老後、などです。
 題材は、自分や家族や友人、身近な人を通したエピソードや、実際のデータです。そして、子どもたちが自分自身の意見を持つことを徹底して求めます。各テーマに「課題」が用意され、友達の意見と比較し、みんなで討論します。一方で、模範解答は用意されていません。例えば、犯罪についてデータを示し「どの社会層が最も強く暴力の被害を被っていますか、それは何故でしょう。」と聞きます。所得のデータから「男子と女子で、こんなにも所得に差があるのはどうしてでしょう。女子と男子の間の平等を促進するには、どうしたらいいと思いますか。」と聞きます。様々な文化的社会的背景を踏まえ「恋愛についての色々な声を読み、あなたは恋愛とはどういうものだと思いますか。友達と討論しましょう。」と聞きます。行政の収支から「社会的支援の例を挙げ、何をするのが最も重要だと思いますか。」と聞きます。
 これらは、なんと20年以上前の実践です。社会の状況に合わせ、さらにアップデートされているでしょう。社会を見つめるまなざしを養い、多様な考えを受け止めて学んできた子どもたちは、一体どんな大人になるのでしょうか。教科書検定制度が廃止され、学校に決定権と選択権が与えられたスウェーデンと、自由度の低い日本では、同じようにはいかないまでも、多くのヒントを与えてくれます。不安や知らないという事が他者への攻撃や差別につながるものだとすれば、知恵や市民としての意思決定は、社会をよりよい方向に向けられるという明るい展望でもあると、読み終えて感じました。子どもたちの声に耳を傾け、私自身の社会とは何かを考えるきっかけになる一冊です。(BY)