ぼくはイエローでホワイトでちょっとブルー

理事推薦本
ブレイディみかこ 著
『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー
―The Real British Secondary School Days』
(新潮文庫 2019年)

 東京2020オリンピックを観戦していて気が付いたことがある。それは日本代表の選手の中に外国につながる出自を持つ選手が以前より多くなったということである。ヨーロッパやアメリカの国の代表選手にもアフリカ系や中国系の選手が多数見られた。またLGBTの選手も話題になった。このように自国に多様な人種・民族あるいはセクシュアリティーをもつ人々が共生する社会を知るには、日本より先行する欧米の国から学べることがあると思う。
 そこで、今回ご紹介する本が『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』というブレイディみかこ著のノンフィクションである。著者は日本人でイギリスに移住し、現地で記者や保育士を経験し、白人のアイルランド出身の配偶者を持ち、中学生の息子がいる女性である。この本の内容は、日本人とアイルランド人を両親に持つ息子の経験や感性を通して、イギリスの社会でみられる矛盾や問題を分かりやすく時にユーモラスに描かれている。さらにはそれらが著者の分析を加えて解説されているので、イギリスの政治や教育、特に学校教育、そして生活や社会の理解を助けてくれている。特に著者が住んでいる地域やコミュニティは労働者階級に属しており、そこからの視点がイギリスという国が社会階層によって分断されている様を鮮明に捉えることができているといえるだろう。
 テーマとしては、人種や民族による差別(レイシズム)、階級による学校間格差、ホームレスや貧困者の問題と支援活動、日本での経験した息子に対する日本人の視線など盛りだくさんである。
 この本を読んで最も印象に残った言葉は、息子さんが中学校のシティズンシップ・エデュケーションという授業で課題となった「シンパシーsympathy」と「エンパシーempathy」の違いである。シンパシーは ①誰かをかわいそうだと思う感情、誰かの問題を理解して気にかけていること ②ある考え、理念、組織などへの支持や同意を示す行為 ③同じような意見や感情を持っている人々の間の友情や理解である。一方エンパシーは他人の感情や経験などを理解する能力である。つまりシンパシーは「感情や行為や理解」なのに対して、エンパシーは「自分がその人の立場だったらどうだろうかと想像することによって誰かの感情や経験を分かち合う能力」なのである。ということは、シンパシーは感情だから自分で努力しなくても自然に出てくるが、エンパシーは自分と違う理念や信念を持つ人や、同情できない人が何を考えているのか想像する能力なので、これは知的作業で訓練をして育むべきものなのである。この章のタイトルは「誰かの靴を履いてみること」となっている。
 この本は本屋大賞2019のノンフィクション本大賞を受賞した作品であるが、エッセイを読んでいるかのように楽しく読めて、元気が出てくる文章である。ぜひ一読されることをお勧めする。(FK)