外国につながる子どもの学び

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外国につながる子どもたちの学び

 中学生に勉強を教えているうちに、どうも以前より学力が低下しているのではないか、あるいは学力が伸びていないのではないかと感じることがあったので、何がかれらの学習を困難にしているのかについて、生徒に聞いてみました。すると学校の授業で先生が説明している日本語が分からないと言います。この生徒たちは日常会話においては不自由さを感じているようには見えないだけに、指導する方は学習時においても通常の日本語で説明していれば、かれらが理解できたものと思っているようです。
 では、どのような場面でかれらが日本語が分からないと感じるのでしょうか。それを知るために、すでに専門学校に在籍し、現在はスタッフとして活動に参加しているH君に尋ねてみました。南米出身の彼はスペイン語を母語としています。日本語の日常会話は問題はありませんが、学校での学習については以下のような体験を語ってくれました。

 「中学1年の時は、まだなんとかやれていましたが、中学2年になったら本当に分からなくなってきました。特に英語と数学は致命的でした。
 英語の場合は、文法用語や文法そのものがなかなか理解できず、英文も読めませんでした。日本人は外国人は英語が得意だという偏見を持っているようで、英語ができないでいると「外国人なのに英語ができないの?」と訊かれることが自分としては不本意でした。
 数学の場合は、連立方程式などの数学用語が理解できないため、当然のことながら説明が理解できず、式を立てることも計算もできませんでした。他の教科の場合も、国語のみならず社会や理科などでも漢字が読めず、教科書を読むことがとても大変でした。授業を聞いていても、板書をしながらの説明も理解することが難しく、教科書に出てくる用語をそのまま用いた説明も分かりませんでした。
 分からない事が多いにもかかわらず、勉強についていけない自分を認めたくなくて、分かったフリをしたり、先生にも分かったような素振りをして見せていました。当然授業はつまらなくなり、やる気が無くなってきます。親にも勉強についていけないとは打ち明けませんが、成績表を見せるとそのことが分かってしまうので、結局隠し切れません。」

 H君が経験した日本語の不自由さに起因する学習の困難さは、多くの外国につながる子どもたちが経験することだと言えるのではないでしょうか。
 H君は自らの体験を語ってくれた後で、先生と1対1で丁寧に基礎から教えてもらいたかったと言っていました。やはり集団授業ではかれらが理解しやすい日本語で説明を受けることは現実的ではないのでしょうか。場合によっては母語による説明があってもいいのかもしれません。
 H君が「分からない」と素直に声を上げることができ、そして彼の周囲にその切実な声を受け止めてあげられる誰かがいたら、彼の学校での学びはもっと違ったものになっていたと思うのです。
 このことを踏まえて考えると、エステレージャ・ハッピーのような少人数で対応できる学習支援の場はますます重要性を帯びてくると思います。今後も子どもたちにとってどのような支援が必要なのかを知り、「先生、分かった!」という声が聞けるようにしていきたいと考えています。(F・S)