2013年度教育講演会の報告-「つなぐ力・のりこえる力・・・被災地の実践から、教育の可能性を学ぶ・・・」

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3.11から2年が過ぎようとしている今でも、被災地が大きく復興へ歩み出したとは思えません。それどころか、瓦礫の受け入れ先もないまま、津波の傷跡は残され、原発事故によって避難せざるを得なかった人々の帰宅への道も見えません。こうした状況にあっても、被災地の学校では、被災の経験を持つ子どもたちと正面から向き合い、辛く言葉にできない経験を乗り越えるべく実践に取り組む教師たちがいます。こうした実践を教えていただく中で、改めて、私たちが今取り組まなければならないことを明らかにしたいと思います。

 

13教育講演会チラシA4 20121228

<開催報告>

○日時  2013年2月16日  13:00〜17:00○場所  大和市渋谷学習センター 多目的ホール
○テーマ 「つなぐ力・のりこえる力 ・・・被災地の実践から、教育の可能性を学ぶ・・・」
○講師  加藤 清 先生 (岩手県陸前高田市立小友中学校校長)
白木 次男先生 (福島県南相馬市立原町第一小学校教諭・日本作文の会副会長)
○参加者 91名

<加藤清先生の講演内容>
「震災津波」によって陸前高田は、市の中心部が被災し壊滅的な被害を被る。講師の加藤校長先生の小友中学校も津波にのみ込まれ、体育館と校舎が被害に遭った。卒業式前日であったその日、校舎に残っていた生徒たちは校舎を逃れ、高台へと避難した。しかし、同時刻、街に出かけていた8人の生徒が津波の犠牲となった。
校舎も失いながらも、学校再開に向けて、職員や地域の人たちが力を合わせ、多くの困難を乗り越えていく。地域は学校を後押ししてくれる。そんな地域のおとなたちに、「自分たちでできることをしよう」、それがお礼の気持ち・・・。そんな子どもたちの思いを込めて開催した5月の運動会。「瓦礫の中の運動会」と称されたこの取り組みの以後、子どもたちは、自分たちが置かれた状況を乗り越えようと模索する。そんなそばに寄り添いながら、ともに歩き始めた教師たち。子どもたちと教師の取り組みの中に、「学校の可能性」がはっきりと浮かび上がっていった。

<白木次男先生の講演内容>
津波の被害だけでなく、原発事故による放射能汚染という二重の過酷な「災害」に見舞われた南相馬市。自らも避難経験を持つ白木先生の言葉は、淡々としながらも、時に抑えきれない感情が吹き出す。避難する子どもたちの転校手続き、凍結されていた人事の発令、間借りした小学校での再開。やっと戻れた自分たちの校舎で、白木先生は、子どもたちに体験を綴らせる。決して無理をしたり、焦ることなく、「自分たちの事実」を拾い集める子どもたちを、ゆっくり柔らかく包み込む。それは、北方綴り方の土壌の上に成り立つ、地域に根を張る教育実践である。
子どもたちの作文には、様々な思いがあふれる。家族への思い、別れのつらさ、新しい出会いの喜び。それぞれの子どもが、それぞれの違った事実を描き出しながらも、お互いに共感もし、違った感情をも見つけ出す。そんな言葉を精一杯紡ぎ出すことで、子どもたちは少しずつ体験をのりこえる力を手に入れていく。
教室という場所で、かすかな希望に向けて、過酷な現実に子どもたちと共に向かい続けた一人の教師の姿と実践が、そしてなによりも子どもたちの作文が、私たちの胸に深く迫ってきた。

<参加者感想(一部)>

●月日が経つにつれ、ニュースなどでは大きく扱われなくなり自分自身の関心も少し薄れていた。しかし、今日のお話を聞いて、もう一度被災地の状況や被災された人の気持ちを考えなければならないと初めて思った。自分の置かれている状況、自分として今できること、少しでもいいから気持ちだけでなく行動に移していきたい。今日は本当にありがとうございました。(学生)
●大和には、大和の課題があるから、そこに向き合うということ、関東に住むものとして3.11をどう考えるか、という2つの課題があると思いました。コミュニティーを地域をいかに築くかというお話がありましたが、学校はそのための可能性の1つだと思います。大和は外国人が多いので、外国人と以下に一緒に社会を作っていける日本人であるか、そのために教育の場で出来る事は何かを見つけていく必要があると改めて思いました。今日の討論は、立場が違っても同じ方向を向いて話し合えるという初めての感覚でした。(小学校教員)
●約2年、石巻のライオン学校野活動を行ってきて、外部からの支援の難しさ、必要性など様々なことを感じてきたが、被災地の先生方の想いを聞くと、どうしても苦しいと感じてしまう。教師も生徒も地域の人も、苦しんで苦しんで共有してのりこえようとする姿に、同じ日本人としてもっとできることがあるのではないかと考えさせられる。子どもにとって、学校という場で、どういう教育を受けるのか、どういった教師と出会うのか、一生を大きくすると思う。私も何ができるのか、いまいちど、とても考えさせられた(大学生)。